小保方さん問題の解決策


噂の小保方晴子さんの本です。

小保方晴子を信じる困った人たちの共通点
を読んで。

やり場の無い怒りを感じます。

気持ちは分かります

現役の研究者の皆様は、この事件でなかなか被害を被ったらしいので、小保方氏に怒りを感じているのは分かります。

STAP細胞の論文不正を契機とした管理強化によって、われわれ研究者は研究倫理教育プログラムの受講や誓約書の提出など、今まで不要だった作業が相当増えました。
もともと科学の正当な手続きを理解していて、不正をする気など全くない研究者も、全員その手間をかけなければならなくなったのです。

いらない手間が増えると文句の一つも言いたくなりましょう。

そのおかげで科学技術の発展が阻害されていると考えると本当に腹立たしい話です。

しかし、「絶歌」と結びつけるくだりは、
こじつけ感があります。

Amazonのレビュアーは、
思っている本当の事を書く人も居れば、
自分のネットショップで売る為だったり、単にレビューしてほしいから、等の理由で、ただ受けそうな事を書く人も居ます。
事実を見誤る傾向のあるマスコミに振り回される人」とは限らないでしょう。

とは言え、このくだりはきっと人目を引くタイトルにするための前振りでしょうから、突っ込みはこれくらいにして。

恐らく掛谷氏が最も主張したい事は

再発防止に向けての提言

でしょう。

将来同様の事件がまた起きる可能性は高い

から何とかしよう、と言う事だと思います。

しかし、そう考えた場合、書かれている原因と対処が誤っているように思います。

全く何様でしょうか私は。
でも気になったのですごめんなさい。

むしろ今の仕組み、研究者の姿勢が問題では

掛谷氏はまず1つ目の原因として、
トップ研究者の待遇を良くする現在の動きをあげています。
待遇を良くし過ぎると、そのお金を目当てに研究不正をする人が増えると言う主張です。

大学や公的研究機関は、もともと待遇は大企業に行くより悪いけれど、自分のやりたい研究ができるという自由を求めて集まる場所です。

ところが、給与などの待遇が目的の人は、真実は何かといったことにはもとから関心がないのですから、不正に対する心理的ハードルは低いわけです。

ここはきっと日本の教育の悪い所です。
武士は食わねど高楊枝、的な。

しかし、お金を悪者にしても何も解決しません。
お金は所詮手段なんです。

待遇を悪くすれば、その好待遇を狙って悪事を働く悪人は別のもっと割の良い業界を狙って離れていくでしょうが、同時に生活の糧を稼ぐ必要のある優秀な人も離れていく事でしょう。

お金に関する本当の問題は、
受動的にサラリーマン感覚で研究を続けていると、
結果的にお金に縛られて実はやりたい事が出来なくなってしまう事であり、自分が当事者となって研究への資金を募る心構えも大事だし、
その研究者のやる気を求める企業文化が必要、と言う事です。

青色発光ダイオード(LED)でノーベル賞を受賞された中村修二氏が憂いていた日本の状況は何も変わっていない訳です。

ノーベル賞受賞者・中村修二氏に聞く:ベンチャーマインドで世界相手にビジネスの推進を

 日本と米国の違いは教育制度の違いだろう。米国では、小学生の時分からアントレプレナーシップやファイナンスなど、自らお金を稼いで社会で生き残るための教育を受けて、成功体験を得ている。だから、日本人のように大手企業に頼ろうという考えは少なく、自分でベンチャーを起こす道を探る。

米国では、研究者も当事者として必死に資金を募りますし、
出資する方も当事者として必死に評価しようとします。

例えばTheranosの様な、詐欺を疑われている事件もあります。

SEC、Theranosを「巧妙大規模な詐欺」として告発

しかし、そう言う場合でも、捜査され罰金を科されるなりそれなりの決着がつくイメージがあります。
うやむやのまま自分の主張だけ手記で発表して幕引き、ということはないでしょう。

アファーマティブアクションはきっかけとしては大事

2つ目に、無理矢理女性比率を上げている事を指摘されています。

特に、過去に「リケジョ」企画での女子中高生限定講座について、

残念ながら、それは私が今まで担当した中で最悪の講座でした。

「女子」という条件だけで数が揃うように集められているので、そもそも科学に関心がない生徒が多いのです。実験器具も壊され、悲惨な目に遭いました。

と、散々です。

おっしゃる所は分かりますが、
しかし、
その掛谷氏が担当された講座の結果はまだまだ分からないと考えます。

逆に、理科系にそこまで興味がなかった、
ただ人数として集められた中高生女子たちに、
理系への本当の門戸を開いていた、
とても意義のある講座をされていた、
と言う可能性があります。

当時の掛谷氏の講義を受けた女子中高生の中から、
将来立派な結果を出し、
「あの時掛谷先生の講座を受けたのがきっかけでもっと興味を持つようになったんです」
と仰る方が出ている可能性も0では無いのです。

逆に、女性文系、男性理系、と言う流れだから、
みんなと同じように何となく理系を選んだ、
と言う、熱意も才能も無い男性が、
政治力だけでたまたま研究職に進んじゃった、
と言う状況もあるでしょう。

その意味で、質の悪い女性が来てしまう可能性と、
質の悪い男性が来てしまう可能性に違いはありません。

政治家、経営者にマイノリティを選ぶアファーマティブアクションについては、まだ明確な否定的結論は出ていません。
やる意味は大いにあります。

3つ目に研究費配分における、
競争的資金偏重を挙げられてますが、
これは1つ目に通じる問題です。
サラリーマン的になってしまった研究者が、
限られた税金獲得競争の中で優位を狙う為に起こるのです。

自分で研究を売り込む社会の場合、
ニッチな研究ほど、どこかに受け入れてくれる企業、団体がある事でしょう。
研究者はそんな企業、団体を探して自分の研究をじっくり売り込み、
企業、団体もそのな研究者を評価する。
そんな社会であれば、今回のような事は起こらないでしょう。

一番の問題はこれだった!

最後の4つ目に、
研究を「数」だけで評価する文化を問題視しています。

研究者各人が沢山の研究で忙しい、と言う事かと思ったのですが、
そうでは無く、評価体制の問題のようです。

指導教員が学生の書いた論文を全く読んでいないのです。とにかく、何でもいいから博士論文の審査を通して、博士号取得者数を増やせばいいということなのでしょう。

本来なら、この指導教員に対しては大学から厳しい処分が下って然るべきですが、今も教授として居座り続けています。
今後もこのザルの目をくぐって研究者デビューする人は後を絶たないでしょう。

これは研究室の現場において、
研究所の博士論文の数を増やすために、
中身も見ずに通していると言う告発です。

もしそれが本当なら、これこそが一番の大問題です。
この問題をもっと前面に持ってきてクローズアップすべきだったと考えます。

この記事の結論がはっきりしました。

日本には博士論文をちゃんと審査、評価する制度が無い!
教授たちもやる気が無い!
早急に仕組みを構築せよ!
と言う事です。

もしかしたら先輩教授陣に気兼ねした結果、
今回のようなはっきりしない主張になったのかも知れません。
ここは大事だと思いますので、私が代わりに主張しておきます。

これは大問題です。
研究者がアントレプレナー精神を持って研究費を獲得したり、
サポーターを得ようとしても、評価制度が無ければ絵に描いた餅です。

先は長くても、研究内容をしっかり評価する制度を作る。
その上で、研究者が自立し、研究費を自分で稼げぐ事ができるように、理系の学生こそ企業か精神を持つ事が出来るような教育をしていく事が出来れば、第2、第3の小保方氏が出ないように出来るのです。

う〜ん、
日本の話になっちゃった。
風呂敷を広げすぎたようで。